悩み。
私は動物を愛せない。
虫や爬虫類など、毛のない生き物は除く。
別に存在を否定するわけではないし、動物が嫌がることはしたくない。
動物を見ると、お互い生きてるな、って思う。
私たち一緒だな、とも。
絶滅危惧種の情報を見ると、我々人間のせいだ、と思うし、できることはしたいと思う。
たとえばアフリカの動物を撮ったテレビ番組、たまに観る。
インスタで誰かがあげた動画を見て、かわいい〜と思うこともある。
でも、かわいい〜、以上。
ライオンを見て、かっこいい、と思う。
もののけ姫の山犬を見て、友達になりたいと思う。
でも、動物を愛する、という感覚が分からない。
ペット関連の番組、興味ない。
飼い犬や猫を見せ合って盛り上がってる人たちの気持ちが全く分からない。
かわいいでしょ?って写真を見せてもらって、かわいいと思えば、かわいい〜、と言う。
かわいいと思わなければ、そうだね〜、と言う。
かわいいと思ってる人たちの気持ちを害したくはない。
でも愛想笑いはできない。
ペットを飼って愛する人の気持ち、素晴らしいと思う。尊重したい。
でも申し訳ないけど、理解はできない。
予告なしにペットを連れてきて、近づいてくる人、ごめんなさい、意味わかんないです。
なぜ私みたいな人も存在することを想像できないのか!
もちろん、ペットを連れてきても、周りに配慮してる人かどうかはすぐわかる。本当に有り難い。
私は冷たいだろうか、と時々悩む。
動物を愛せないからあなたは思いやりが足りなくてハッキリと物を言う性格なのだ、というようなことを言われたこともある。まぁそれは全く関係ないですね!
でもこういう人、他にも多くいると思う。
虫嫌い!は言えるのに、動物好きじゃない、は言いづらい。
なんとなく、動物を愛する=良いイメージ、というのが世の中にはあって、言いづらく、
自分がマイノリティーだと感じて生きづらくストレスに感じるポイントなのだ。
だから、誤解をしないで欲しいと思いながら書くけど、
飼い犬や猫を見せ合って盛り上がってる人たちの会話や姿を見ると本当に胸が苦しくなる。
自分にも見せてきて、同じ反応を強要されるのではないかと身構える。
そういう時は、そういう人もいるだろう、私の人格をこれ見よがしに否定しようとしているわけではないんだよ、違う人生なのだ、と自分に言い聞かせて、受け入れるというよりは、あまり気にしないように努力する。
ふと、あ、この悩みは言っていいことかも、と思ったので書いてみた。
生きづらさを減らせるもんなら減らしたい。
もちろん、毛のあるペットを愛する人を否定したいわけではないし、
自分もいつか毛のあるペットを愛してるかもしれない。